4570 J-免疫生物研究所 2020-08-06 15:30:00
抗HIV抗体の製造方法の変更および資金使途変更に関するお知らせ [pdf]

                                             2020 年 8 月 6 日
各   位

                     会   社   名   株 式 会 社 免 疫 生 物 研 究 所
                                              (コード番号:4570)
                     本店所在地       群馬県藤岡市中字東田 1091 番地1
                     代 表 者       代表取締役社長 清 藤                 勉
                     問 合 せ 先     取締役事業グループ管理本部長 中 川 正 人
                     電 話 番 号     0274-22-2889(代表)
                     U R L       https://www.ibl-japan.co.jp


          抗 HIV 抗体の製造方法の変更
        および資金使途変更に関するお知らせ
 当社は、本日開催の取締役会において、HIV 感染症治療薬として開発中の抗 HIV 抗体製
造方法を、遺伝子組換えカイコ生産系から CHO 細胞*1 生産系に変更すること、および「第2
回無担保転換社債型新株予約権付社債の満期償還および資金使途変更に関するお知らせ」
(2019 年 12 月 20 日発表)に記載した調達資金の使途変更(以下、「本変更」)について決
議いたしましたので、その内容について併せてお知らせ致します。


                         記


1.抗 HIV 抗体の製造方法の変更について
(1)開発経緯と動物実験の成果
 当社は、株式会社 CURED(以下「CURED」)と共同(以下「当社グループ」
                                       )で、抗 HIV 抗
体を HIV 感染症を機能的治癒に導く治療薬として実用化することを目指しております。ま
た、当社グループは、ヒトレトロウイルス学共同研究センター松下修三教授が、HIV エリー
トコントローラー*2 から単離した抗 HIV 抗体(以下、 抗体」
                            「A   )を当社が開発した遺伝子組
換えカイコ技術で生産することに成功しております(以下、 抗体」。
                           「B )
 この糖鎖の基部にフコースのない B 抗体は高い ADCC
                            (抗体依存性細胞傷害)活性を有し、
HIV に感染した細胞を攻撃して血中から HIV を消失させるものであり、当社グループは、そ
の知的財産権を確保するため、特許を出願しております。また、この B 抗体は、高病原性の
HIV 様ウイルスを接種した非ヒト霊長類動物(以下、「NHP」)実験において有効性・安全性
が示され、現在も動物実験の観察は継続しております。


(2)B 抗体の生産
 GLP*3 準拠試験で使用予定であった B 抗体は、1ロット約4万頭分の繭から大量精製を進
めておりました。カイコによる世界初の GMP*4 適合大量生産により、強い生物活性を有する
B 抗体の高純度精製技術を確立しましたが、B 抗体の最終取得量が想定を下回ったため、当
初の予想を超える製造コストとなりました。その結果、今後の治験薬製造コストが膨大とな
るだけではなく、上市後においても B 抗体の原薬価格が高額になり、導出が困難となる恐れ
が生じております。




                         1
(3)生産技術競争の環境変化
 当初、遺伝子組換えカイコ生産系は、CHO 細胞生産系に比べ製造コストが低いと想定して
おりました。しかし、GMP 適合下での遺伝子組換えカイコ生産系による医薬品原薬生産は、
初期投資こそ抑えられるものの、世界で初めての試みであるため、大量の探索的データを分
析しながら慎重に進めざるをえず、プロセス開発に多大な労力と期間を必要としました。こ
のため、遺伝子組換えカイコ生産系による B 抗体原薬製造コストは、近年、生産性が著しく
向上し、プロセス開発期間が大幅に短縮された CHO 細胞生産系に比べ、少なくとも数倍程度
高額になることが判明しました。


(4)CHO 細胞生産系によるバックアップ製造
 既に当社グループは、CHO 細胞系を用いた B 抗体のバックアップ製造に着手しておりま
す。ADCC 活性の増強には、FUT8遺伝子*5 を遺伝子工学的手法で欠損させた CHO 細胞に A 抗
体の遺伝子を発現させる方法、Fc 領域*6 に様々な変異を挿入した A 抗体の遺伝子を CHO 細
胞に発現させる方法、 抗体遺伝子を CHO 細胞に発現させた後糖鎖を均一化する方法等を用
          A
いており、B 抗体の ADCC 活性を大きく上回る ADCC 活性を有する抗 HIV 抗体(以下、 抗
                                                 「C
体」)の作製に成功しております。


(5)事業環境の変化
 世界的な新型コロナウイルス感染拡大の影響により、当社の業績は前期および今期とも
に厳しく、株価低迷により資金調達が困難な状況が続くと予想されます。このため、現行の
開発計画では、上記のとおり原薬製造コストが膨大になることに加え、商業化へ向けた製造
工場の建設コストが重荷となり、財務状況の悪化が危惧されます。


(6)変更点とメリット・デメリット
 当社グループは、以下に述べる変更により予想されるメリット・デメリットを勘案し、コ
スト増大が想定される遺伝子組換えカイコによる B 抗体の生産を中止し、バックアップと
して作製済みで同等以上の生物活性を有する C 抗体を、世界で最も抗体医薬品承認実績の
豊富な CHO 細胞生産系によって製造することを意思決定いたしました。今後、当社グループ
は、非臨床・臨床試験に必要な原薬は CMO*7 に外部委託することで、新たな設備投資は行わ
ないと同時に、並行して、優れた有効性を示す B 抗体の動物実験結果を活用し、導出活動を
行ってまいります。
 この変更により予想されるメリットとデメリットは以下のとおりです。
変更によるメリット      ① 研究開発コストを大幅に低減できる
               ② 製造工場建設の必要がない
               ③ 承認ハードルが下がり導出交渉がやりやすくなる
               ④ 世界展開がしやすくなり、導出契約一時金・マイルストーン
                  収入・ロイヤリティー収入が増大する
変更によるデメリット     ① 導出契約一時金等の獲得が遅滞する
               ② 原薬の製造販売利益を喪失する




                         2
当初計画と変更後の計画をまとめ、上記のメリット・デメリットを表中に記載しました。
            当初計画                         変更計画
HIV エリートコントローラーから単離           HIV エリートコントローラーから単離
した A 抗体導入(当社グループ)             した A 抗体導入(当社グループ)


遺伝子組換えカイコ技術による B 抗体           ADCC 活性を強化する抗体エンジニアリン
作製(当社グループ)                    グ技術を用いた C 抗体作製(当社グルー
                              プ)
   最終取得量が想定を下回ったため                 CMO にて原薬製造・製剤化(メリット①)

   製造コストが当初予想を上回った(数億円)            製造方法変更に伴うプロジェクト遅延

非臨床試験(当社グループ)
臨床試験(当社グループ)
                              非臨床試験(当社グループ)
                              臨床試験(当社グループ)
原薬生産工場建設(当社)
   商用工場建設(十数億円)のリスク化          原薬生産の外注(当社グループ)
   原薬価格上昇により導出困難化

導出(当社グループ)                         CMO にて原薬製造・製剤化(メリット①)
 契約一時金・マイルストーン収入

                              導出(当社グループ)
                               契約一時金・マイルストーン収入

臨床試験(導出先)                          承認ハードルが下がり導出交渉がやりやすく
 原薬製造販売利益                          なる(メリット③)
                                   プロジェクト遅延に伴う一時金獲得の遅滞

                                   (デメリット①)

                              臨床試験(導出先)
上市(導出先)                            承認ハードルが下がる(メリット③)
 マイルストーン収入                         原薬製造販売利益の喪失(デメリット②)

                              上市(導出先)
                               マイルストーン収入

原薬生産(当社)                           世界展開がしやすいため、マイルストーン

 原薬製造販売利益                          収入が大きくなる(メリット④)

                              原薬生産(導出先)
販売(導出先)                            商用工場の建設が不要(メリット②)

 ロイヤリティー収入                         原薬製造販売利益の喪失(デメリット②)

                              販売(導出先)
                               ロイヤリティー収入

                                   世界展開がしやすくなるのでロイヤリティー

                                   収入が大きくなる(メリット④)

                                   プロジェクト遅延に伴う一時金獲得の遅滞

                                   (デメリット①)




                          3
    今回の変更は、将来の事業リスク及び財務リスクを回避し、現時点における抗 HIV 抗体の
事業価値最大化を追求するものであります。具体的には、抗体医薬品の承認実績が最も豊富
な GMP 準拠の世界標準技術を用いることで、医薬品承認ハードルが下がり世界展開が加速
することが想定され、結果として導出交渉の易化、契約一時金・マイルストーン・ロイヤリ
ティー収入の極大化を狙うことができます。すなわち、今回の変更には、デメリットを打ち
消してなお余りある大きなメリットがあるといえます。


(7)遺伝子組換えカイコ事業の役割
    遺伝子組換えカイコにより生産された抗体は、非特異反応が低いことや動物愛護の対象
とならないことなどから、数年前から大手診断薬メーカーで使用する診断薬原料として採
用されております。現状の売上は数千万円ですが、今後は販路拡大により製造数の増加が予
定されており、数年内で数億円の受注を見込んでおります。また、化粧品原料「ネオシルク
®
    -ヒト型コラーゲンⅠ」については、中国や欧州での販売増が見込まれております。
    当事業の今後については、現状製品の拡大を図るとともに、新規製品の開発および受託事
業を展開し、研究を進めるとともに不採算部門からの脱却を図ってまいります。
    また、遺伝子組換えカイコによる抗 HIV 抗体原薬製造は、断念致しますが、今まで蓄積し
たデータや経験を基に組換えタンパク質の収量を 10 倍以上にする基礎研究を行い、また抗
HIV 抗体原薬製造で培った GMP 製造体制を有効に活用する手段を模索し、今後も開発型ベン
チャー企業として新しい医薬品シーズの研究開発を継続して実施してまいります。


2.資金使途変更の内容
(1)変更の理由および内容
    当社は、2019 年 12 月 20 日「第2回無担保転換社債型新株予約権付社債の満期償還およ
び資金使途変更に関するお知らせ」において、資金使途の変更を発表致しましたが、上記
「1.抗 HIV 抗体の製造方法の変更について」において説明したとおり、「医薬品原料の製
造工場の建設及び製造ライン設備(GMP 準拠)購入資金」については、あらたな医薬品原薬
候補の実用化の目途が立つまでは、不要となりました。しかしながら、当社グループの業績
は、新型コロナウイルス感染の影響により 2020 年3月期の繁忙期から悪化し、2021 年3月
期までその影響は継続するため、今後の事業資金として 350 百万円程度、人工飼料の事業化
に向けて、人材確保や他社と提携し共同研究するための資金として 150 百万円程度、抗 HIV
抗体を導出するための非臨床・臨床試験の研究開発資金として 350 百万円程度が必要とな
ります。また、遺伝子組換えカイコ事業を軌道に乗せるための人材確保やノウハウを獲得す
るための開発資金として 200 百万円が必要となります。さらに、引き続き CURED と共同し、
あらたな医薬品シーズについて、研究開発を実施するための資金として 550 百万円必要と
なります。以上のことにより本変更を行うことといたしました。なお、当社は、
                                   「第 2 回無
担保転換社債型新株予約権付社債」及び「第3回新株予約権」の発行により 1,586 百万円程
度調達し、医薬品原料の生産管理をするためのノウハウや人材確保および医薬品原料の製
造工場の設計資金やTGカイコ大量飼育に関わる機械装置及び設備の設計及び購入資金と
して 500 百万円程度充当しております。
    今後については、当社グループの事業資金及び抗 HIV 抗体の導出に向けた非臨床・臨床試
験の研究開発資金を優先し、資金を充当していく所存です。また、2020 年6月末現在の「第
3回新株予約権」の行使残額は、454 百万円となっております。




                          4
(2)調達した資金の具体的な使途
   (2019 年 12 月 20 日時点)
   課                                金額
                具体的な資金使途                         支出予定時期
   題                               (百万円)
       医薬品原料の生産管理をするためのノウ
                                               2017 年 1 月
       ハウや人材の確保および医薬品原料の製                200
                                               ~2018 年 12 月
       造工場の設計資金
   ①   TGカイコ大量飼育に関わる機械装置及                      2018 年 10 月
                                         300
       び設備の設計及び購入資金                            ~2021 年 3 月
       医薬品原料の製造工場の建設及び製造ラ                      2021 年 9 月
                                     1,450
       イン設備(GMP 準拠)購入資金                        ~2023 年度中
       桑の葉の確保および人工飼料の事業化に
       向けた、M&A又は提携パートナーの獲得               -           -
   ②   活動資金
       人工飼料の事業化に向けた、建設および設                     2020 年 10 月
                                         150
       備購入資金                                   ~2022 年 9 月

                      合計             2,100


  (今回変更箇所に下線を伏しております。)
   課                                金額
                具体的な資金使途                         支出予定時期
   題                               (百万円)
       (完了)医薬品原料の生産管理をするため
                                               2017 年 1 月
       のノウハウや人材の確保および医薬品原                200
                                               ~2018 年 12 月
       料の製造工場の設計資金
   ①   (完了)TGカイコ大量飼育に関わる機械                     2018 年 10 月
                                         300
       装置及び設備の設計及び購入資金                         ~2021 年 3 月
       医薬品原料の製造工場の建設及び製造ラ
                                         -           -
       イン設備(GMP 準拠)購入資金
                                               2020 年 7 月
   ②   当社グループの事業資金                       350
                                               ~2022 年 3 月
                                               2020 年 4 月
   ③   人工飼料の事業化に向けた、共同研究資金               150
                                               ~2022 年 9 月
       抗 HIV 抗体の導出に向けた非臨床・臨床                   2020 年 4 月
   ④                                     350
       試験の研究開発資金                               ~2023 年 3 月
       遺伝子組換えカイコ事業を軌道に乗せる                      2020 年 4 月
   ⑤                                     200
       ための人材確保やノウハウ獲得資金                        ~2023 年 3 月
                                               2020 年 10 月
   ⑥   あらたな医薬品シーズの研究開発資金                 550
                                               ~2023 年 9 月
                  合        計         2,100




                               5
3.今後の見通し
    本件による 2021 年3月期の当社連結業績に与える影響は、本日公表の「2021 年 3 月通期
連結業績予想及び中期経営計画修正に関するお知らせ」をご参照ください。

                     ―   用語の解説   ―

*
 1 CHO細胞
  CHOは、Chinese Hamster Ovaryの略。その旺盛なタンパク産生力から、「工業動物細
胞」とも表現されるCHO細胞は、種々のタンパク質医薬品の生産系として長年利用されてい
ます。CHO 細胞がタンパク質医薬品の生産に多用される理由としては、GMP生産実績が豊富
であることから、実生産にむけての問題点が明確なことに加え、組換え細胞を構築するた
めの手順が確立していること、無血清培地への馴化・浮遊培養が容易で安価な産業用培地
が販売されていること,高密度流加培養や灌流培養のような大規模実生産培養の実例・ノ
ウハウが蓄積されていること、が挙げられます。特に抗体の生産においては、細胞株構築
から大量培養・分離精製・製剤化までの一連のプロセス・生産プラットフォームが確立さ
れていることから、上市されている全抗体医薬品の約三分の二はCHO細胞で製造されていま
す。

*
 2 HIVエリートコントローラー
  HIV感染リスクがひじょうに高い生活環境にあってHIV感染が確認された後、未治療にも
かかわらず長期間無症状のままでいる人の呼称。全感染者の約0.5%程度存在すると言われ
ています。末梢血中のHIV量はPCR検査による検出感度以下のまま数年~数十年推移しま
す。HIVエリートコントローラーが体内でHIVの増殖を抑えるメカニズムは複合的で解明さ
れていない点が多いのですが、種々のユニークな抗HIV抗体や細胞傷害性Tリンパ球を保有
していることが多く、その特異な免疫能に着目した医薬品・ワクチンの研究開発がグロー
バルに行われています。

*
 3 GLP
  Good Laboratory Practiceの略。医薬品の安全性試験の実施に関する基準を指します。
GLPは厚生労働省の省令で、非臨床試験における遵守事項が定められており、試験を適性に
実施することや関連する資料の信頼性を確保することを目的としています。

*
 4 GMP
  Good Manufacturing Practiceの略。医薬品や医療用具、食品などの製造管理及び品質管
理に関する基準を指します。 工場の製造設備、原料の保管、製造工程、品質検査、衛生管
理など、原料が入庫されてから製品として出荷されるまでの一連の工程が、一定の基準を
満たしていることが求められます。

*
 5 FUT8
  フコシルトランスフェラーゼ8の略。フコース転移酵素のひとつで、「コアフコース」と
呼ばれる糖鎖構造を作ります。FUT8を欠損させたCHO細胞で作製した抗体の糖鎖にはフコー
スが含まれず、通常の抗体に比べてADCC活性が飛躍的に強くなります。


*
    6 Fc領域
     抗体をタンパク質分解酵素のパパインで消化すると、H鎖-H鎖を繋ぐジスルフィド結合

                           6
(ヒンジ部位)の間が切断され、抗体は3つの断片に分かれます。 N末端側の2つの断片を
Fab領域、C末端側の断片をFc領域といいます。

*
 7 CMO
  Contract Manufacturing Organizationの略。企業から委託を受けて医薬品製造を代行す
る機関・企業のことです。わが国でも2005年の改正薬事法施行以降、CMOへの全面的なアウ
トソーシングが可能になりました。海外のCMOの中には、GMP適合施設を保有しているだけ
でなく、バイオ医薬品製造の全プロセスに関する様々な基礎技術を持ち、細胞バンク構
築・原薬製造・製剤開発・治験薬製造・品質管理・商用生産までシームレスに対応できる
企業があります。

                                                        以上




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